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2017-11-12 (日) | 編集 |
おはようございます、まみこです。
またまた室内植物を仕入れました。
最近はただのグリーンではなく、色のあるものを集めています。
冬場はカラフルなほうが、暖かそうですので。

新しくうちの子になった植物達です。

DSCN4445.jpg DSCN4446.jpg DSCN4447.jpg シロシキブです。ムラサキシキブの白色版です。

DSCN4448.jpg カルーナです。葉っぱですけど、綺麗な色をしています。

DSCN4485.jpg DSCN4486.jpg DSCN4487.jpg マイクロワックスです。白い小さな花が可愛いです。

DSCN4488.jpg DSCN4489.jpg DSCN4490.jpg ロータス・ブリムストーンです。葉の先が黄色っぽくなっています。

DSCN4491.jpg DSCN4492.jpg DSCN4493.jpg ポリゴナム(ヒメツルソバ)です。ツルソバは、前から欲しいと思っていました。元気に育って増えたら、地植えにしようと思います。

DSCN4449.jpg DSCN4450.jpg これは新入りではありませんが、「目玉のオヤジ」に花が咲きました。

次は外の子達です。

DSCN4451.jpg DSCN4452.jpg DSCN4453.jpg 名前は分からないのですが、小さな紫色の花が咲きました。観葉植物だと思っていたので、意外でした。

DSCN4463.jpg DSCN4464.jpg 山茶花とツワブキです。山茶花は今、たくさん咲いています。ツワブキは3輪咲いたのですが、2輪は台風で折れてしまいました。

この時期は花が少ないので、満開の山茶花がとても綺麗です。
ほかの子達も、みんな元気にしています。
いよいよ置き場所が、なくなってきました。
でもまだまだ欲しいです。

 
2017-11-10 (金) | 編集 |
おはようございます、まみこです。
少し前の話ですが、先月の台風21号の時です。
夜になって、ポタポタと水が落ちる音がしました。
雨漏りです。
和室の押し入れのあたりに、水が垂れていました。
慌ててバケツやビンを置きました。

3年ほど前に雨漏りのため、防水工事をしました。
外壁も屋上やベランダも、完全に工事をしたのです。
それなのに何故雨漏り?と不思議に思いました。

翌日早速工務店さんに電話をして、見てもらいました。
うちの排水管は、屋上の水がベランダに落ちるようになっています。
そのためベランダのの水が満水状態になり、サッシのところから中に入ったということでした。
その上排水口の穴が小さいのだそうです。

屋上に行ってみると、プールのように水が貯まっていました。
排水口まで行って、詰まったゴミや泥を取り除きました。
靴下もジーンズの裾も、びっしょりになってしまいました。
取りあえず屋上とベランダの排水口を掃除して、一応雨漏りは治まりました。

監督さんの言うには、屋上からの排水管を直接下に流すようにするということです。
そして排水口も大きくすると言いました。

その後お天気に恵まれず、工事はできませんでした。
それで台風22号のときも、少し雨漏りがしました。
今月の6日に排水管の工事をしてもらいました。
排水口のほうはまだですが、取りあえず一安心です。

排水口も、マメに掃除しないと駄目ですね。
2017-11-08 (水) | 編集 |
おはようございます、まみこです。
11月4日の土曜日に、伊豆の下田まで行ってきました。
10月10日に姉が亡くなったので、遺骨をもらいに行ったのです。
お通夜などに行かなかったのは、私がパニック障害なため急な外出ができないからです。
それに義兄に会いたくなかったのもあります。

遺骨は姪の家に安置されています。
駅まで姪が迎えに来てくれました。
闘病中姉が寝ていた部屋に、祭壇がしつらえてありました。
遺影の姉は、微笑んでいい顔をしていました。
入院前に髪を切った時に撮ったもので、ごく最近の姿です。

お参りをしてから、遺骨を分けてもらいました。
分骨のために、小さな手作りガラスの器を用意していきました。
容器が小さいので、小さめのお骨を5つもらいました。

DSCN4477.jpg DSCN4478.jpg DSCN4479.jpg ここにお骨が入っています。

スケスケなので、上下に綿を入れました。
49日が済んだら、仏壇に安置するつもりです。
姉も体の一部が実家に帰れて、喜んでいるかもしれません。

分骨の後は、昼食をとりながら思い出話などをしました。
そして姉が着ていた洋服も、数枚分けてもらいました。
短い滞在時間でしたが、行って良かったです。
姪がとても良く気遣って供養してくれています。
仏壇も買ってありました。
これで一安心して、夕方帰宅しました。
2017-11-06 (月) | 編集 |
おはようございます、まみこです。
Kさんは、T吟詠会という詩吟教室を主催しています。
秋の会が終わってから、毎日Kさんから電話がくるようになりました。
あなたをもっと上手にしてあげるから、詩吟を習いにきなさいと言うのです。
毎日毎日電話攻めです。
電話口で「歌ってごらんなさい」と言われたこともありましたが、拒否しました。
とうとう根負けして、詩吟を習うことになりました。

詩吟の弟子になってからは、いろいろなところに連れて行かれました。
詩吟には関係のない、プライベートな遊びに付き合わされるのです。
それも「来なさい」という命令口調です。
嫌々付き合っていました。
Kさんにとっては、子分ができたような気持ちだったのでしょう。
物もいろいろ買わされました。
「あなたにこれ買っといたわよ。はい7000円」という具合です。

そんな日々が続き、1年くらい経ったでしょうか。
私の声が、突然出なくなったのです。
そこで病院の耳鼻咽喉科に行きました。
声帯が紫色に腫れていると言われました。
治療を続けなんとか声は出るようになったのですが、とんでもない声です。
姪には「看板間際の酔いどれオカマみたい」と言われる始末です。

もちろん琵琶も詩吟も、歌うことはできません。
詩吟はやめました。
治療の甲斐あって、なんとか普通に出るようになってきました。

当時私は、日本琵琶学協会の常任理事をしていました。
理事会の時に、秋の演奏会の出演者が足りないと言うので、試しにやってみようかと思い出演することにしました。
なんとか歌えたのですが、後半で1か所高いところの声がかすれました。
私はこんなではとても人前で演奏すべきではない、と思い琵琶を諦めました。
その後体調を崩したこともあり、常任理事も辞任しました。
これで、私の琵琶人生は終わりました。

全て自分の優柔不断さが招いたこととはいえ、Kさんに出会わなかったら今も琵琶をやっていたと思います。

つまらないことを延々と書いて、すみませんでした。
読んでくださって、ありがとうございます。

おわり
2017-11-04 (土) | 編集 |
おはようございます、まみこです。
Kさんは詩吟をやっているだけあって、声は良く出ます。
でも琵琶歌には、向いていないような気がしました。
言ってみれば、「出しっぱなしの声」なのです。

師匠のお祝いの会のあと、私は食事をするからと呼ばれました。
なんでもKさんのお友達が、お祝いの会を聞きに名古屋から来たので、お礼の食事ということでした。
私は行きたくなかったのですが、ほとんど強制的に参加させられました。
お友達という男性のほかに、詩吟の仲間達が5~6人集まりました。
初対面の人ばかりで、つまらなかったです。

それから少し経って、秋の演奏会にKさんが出るので、まみ子君弾いてやってくれないかと師匠に言われました。
Kさんは、琵琶は全くと言っていいほど弾けません。
それでこれもまた、ご指名なのだそうです。
秋の演奏会は2番手の会で、まだ名流会などには出られない程度の人のための会です。
師匠に言われたので、仕方なく承諾しました。

合わせ稽古を1度して、本番の日を迎えました。
今回は声を外すこともなく、無事に歌いました。
ただお稽古をした時にも感じたのですが、最初から声を張り上げていてメリハリが全くないのです。
でも本人は大満足のようでした。
終わって着替えてから、受付のところを通ったら大御所達が集まっていて呼び止められました。
「弦は良かったわよ」と言っていただきました。
「ただ歌はね~、声はいいけど、もっと琵琶歌を勉強しなきゃね」と言っていました。
このことは、Kさんには黙っていました。

その後、Kさんの私に対する勧誘が始まることになるとは、思ってもいませんでした。

つづく