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2013-10-31 (木) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
私がガーデニングに取り組もうと思ったきっかけは雑草です。
庭中にはびこったカラスウリが年々勢いを増し、このままでは近所から苦情がくると思いました。
何とかしなくてはと一念発起して、カラスウリ退治を始めたのです。

簡単に抜けると思っていたら、根が大きくて一筋縄ではいきません。
そうなると闘志が湧いてきました。
何度にも分けて、根を掘りました。
段々面白くなって、夢中になりました。

ついでに茂っていたシダ類や、その他の雑草も抜きました。
木とミョウガ、ナルコユリ、カラー以外は全部抜いてしまいました。
そうすると、土が出ている部分が大きくなりました。
それを見れば、何かを植えたくなります。
こうして、ガーデニングが始まったのです。

やり始めると楽しくて、いろいろな苗を買って植えました。
消えてしまったものや枯れてしまったものもありますが、元気に育っているものもあります。
大きく育った株を見ると嬉しいですね。
雨の日以外は毎朝、新聞を取りに行った帰りに庭を一回りします。
そして声をかけます。

ガーデニングを始めてから、少しずつ元気になってきました。
体を動かすことがいいのでしょうね。
体も軽くなって、動くのが億劫ではなくなりました。
庭には草花が育ち、私は元気になりと、一挙両得です。

それから花にも興味を持つようになり、切花も飾るようになりました。
最近では仏壇にも花を飾っています。
花を買ってくると、どの花瓶に生けようかというのも楽しみです。

仕方なく始めた雑草取りですが、随分いい効果が出ているようです。
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2013-10-29 (火) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
「冬のソナタ」がヒットして、ヨン様の人気が出、韓流ブームに火がついてから10年経つのですね。
私も韓流に嵌ったくちです。
韓国ドラマは面白いと思い、数々のドラマや映画を観ました。
彼の国は政治的におかしな国なので、好きではありませんが、ドラマは好きになりました。

私がファンになったのは、キム・レウォンくんという俳優です。
もう8年近くファンのままです。
そんなに熱狂的なファンではなく、イベントにも行ったことはなく、ただ作品を観たりファンサイトでおしゃべりを楽しむ程度でした。
今でもレウォンくんは好きで応援しています。
最近活動休止状態ですが、復帰を待っている1人です。

レウォンくんに対しては静かなファンなのですが、3年位前でしょうか、「乾パン先生とこんぺいとう」というドラマを観て、突然コン・ユくんの虜になりました。
その後日本でも「コーヒープリンス1号店」というドラマがヒットして、ブレイクしました。
ファンクラブもできたので、入会しました。

コン・ユくんのファンは熱くて、ファンクラブも活気がありました。
私もイベントに参加したり、オフ会に出たりしました。
それからグッズを買い捲りました。
コン・ユくんの出演した作品は、過去に遡って全部観ました。

まるで熱病に罹ったような状態でした。

でもそんな日々は長くは続きませんでした。
いつとはなく興味も薄れ、忘れていきました。
大量に買い込んだグッズも、使える物はどんどん使ってます。
今見ると、どこがよかったのだろうと不思議です。
イケメンとも思えないし、背が高いのは韓国の俳優としては当たり前みたいなことです。
急激に熱したのは、冷めるのも早いですね。

レウォンくんファンはいまでも細々と続けています。
ただファンクラブは今年は更新しませんでした。

政治的なことは語りたくないので、割愛します。
韓流を面白く思ってないかたも多いでしょう。
ただ言えるのは、あちらの俳優さん、女優さんは演技がうまいです。
だからドラマでも映画でも、見応えがあるのです。

文化には国境はないのではないでしょうか。
いいものはいいです。
2013-10-27 (日) | 編集 |
おはようございます。
私は元々あまりしゃべるほうではありません。
無口でもないのですが、無駄話というのを殆どしないのです。
それに口調が優しくないらしいのです。
よくぶっきらぼうとか素っ気無いと言われます。

しかるべき相手にはきちんと敬語は使います。
親しい人と話す時は、ちょっと乱暴かもしれません。
少し早口です。

どうしても、ゆっくり優しく「~ね~」とか「~なのよ~」というように語尾を伸ばした言い方ができないのです。
あまりそういう話し方の人は苦手かもしれません。
イライラしてくるのです。
話は手っ取り早くしてほしいタイプです。

よく母にも「まみこは話が続かないんだから」と言われました。
何か聞かれても「うん」とか「できた」としか言わないので、それで話は終わってしまいます。

だからといって無愛想ではありません。
笑顔は見せますし、不機嫌なわけではないのです。
話題があれば、よくしゃべります。
話すのが嫌いなわけではないのです。
ただ口調で損してるかもしれません。

親しくなれば、相手も私の話し方に馴れてくれるので問題はありません。
学生時代に親友に友達を紹介してもらう時には「まみこは最初は黙ってな。黙ってればお嬢さんに見えるけど、しゃべるとぶち壊しになるから」と言われていました。

でも口調というのは直そうとしても直りませんね。
却ってわざとらしくなるので、このままでいいと思っています。
万人に好かれたいわけでもありませんし、気持ちの通じる人が、少しいればいいです。
2013-10-25 (金) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
施設への入居は決まりましたが入居日はまだきまっていませんでした。
空きがでないと入居できないのです。
その間にも私の体調はどんどん悪くなっていきました。
7月の半ばからひどい下痢が2週間続き、8月4日にはとうとう歩くことは勿論立ち上がることもできなくなりました。
そこで仕方なく救急車をお願いしました。
かかりつけのS病院に運んでいただいたのですが、入院するように言われました。
入院はできないと言って、フラフラになりながらタクシーで帰宅しました。

入院しなくて正解でした。
翌日施設から電話があり、入居日は8月12日と決まったことを伝えてきました。
翌日から4日間、点滴の為病院に通いました。
精神科でも入院するように言われたのですが、これも断りました。

8月12日、ヨレヨレになりながらも、ケアマネさんのサポートで、無事母の引越しを済ませました。
その際、ポータブルトイレや買い置きのオムツなども持参しました。

それでなんとか自宅療養ができるようになりました。
寝たり起きたりの毎日でしたが、今ではほとんど回復しています。
その後、母が特養に移ったのは前記事で書いた通りです。

2人で顔を突き合わせている時は、お互いイライラして、このままでは共倒れになりそうでした。
不謹慎ですが「早く死ねばいい」と思ったことことも1度や2度ではありません。
離れて暮すようになってからは、穏やかに接することができるようになりました。
母の「家で死にたい」という願いは叶えてあげられませんでしたが、これでよかったと思っています。

今では面会に行くのが楽しみですし、母もおとなしくなりました。
1対1の自宅介護には限界がありますね。
認知症でも、おとなしい人ならなんとかなったかもしれませんが。

長いこと読んでくださいまして、ありがとうございます。
今私は平和に暮しています。
これから介護に入るかたや、1人介護、老老介護をしているかたの少しでも参考になれば幸いです。

頑張りすぎずに距離をおくことも必要です。
共倒れにならないためにも、施設のことを考えてみるのもいいのではないかと思います。
2013-10-23 (水) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
騒ぐ母を見かねて、訪問診療の先生は、そろそろ施設に入れたほうがいいのではないかと仰いました。
私もそうできればいいとは思ったのですが、母が以前から「家で死にたい」という言葉がネックになって、どうしても踏み切ることができませんでした。

2011年になると母の介護度は4に上がりました。
それでも家で介護を続けるつもりでした。
当時は月に2週間のショートステイと、週4回のデイサービスをしていました。
私にも随分自由時間があるように見えますが、実情はそうでもありません。
自分の通院もありましたし、ショートステイ中も洗濯物を取り替えに行っていました。

私自身かなり疲れていて、パニック発作を頻繁に起こすようになっていました。
母の目の前で発作を起こして意識が遠のいても、母には他人事でした。
私は1人で対処しなければなりませんでしたが、それは仕方がないことです。

3月29日、母がショートステイに行っているとき、義兄からなんとも厚かましい電話がありました。
怒りがこみあげて、その晩とうとう大きな発作を起こしてしまいました。
それから体調がどんどん悪くなり、とうとう母を施設に入れる決心をしました。
母に「お母さん、悪いけど施設に入ってくれる?」と聞くと「うん」と答えました。
理解していたかどうかはわかりません。

そしてケアマネさんに相談して、最初ショートステイの長期(3ヶ月)にお世話になり、その間に受け入れ先を探そうということになりました。
ショートステイの長期入居にも審査があります。
健康診断書も必要です。
通るかどうか不安でしたが、桜が散り始めたころ、車椅子を押して母と隅田公園に行きました。
その時何となく、母を連れてここに来るのもこれが最後かもしれないと思いました。
家に帰ったら電話があり、長期ステイの許可が下りたことを知りました。

そこは3ヶ月が限度なので、その後の受け入れ先を探さなくてはなりません

そこで知り合いのかたに頼んで教えていただいたのが、以前入っていたKという施設です。
申し込んでから審査があり、母の場合床ずれがあるため一旦保留になりました。
再審査の結果、入居できると決まったのが5月31日でした。

2013-10-21 (月) | 編集 |
おはようございます、まみこです。
少しずつ歩けるようになった母は、昼間は普段着に着替えてダイニングの自分の椅子に座って過ごすようになりました。
何もすることがなく、退屈だと言うのでぬりえ帳や折り紙を買いました。
しばらくは、ぬりえや折り紙をしておとなしくしていました。

何ヶ月かすると両方ともできなくなりました。
「ぬりえは?」と聞いても「わからない」と言います。
その頃から、また1日中しゃべっているようになりました。
母は認知症になってから「かまってちゃん」になってしまったのです。
いつも自分のほうを向いて、相手をしていないと怒ります。

私がパソコンをしていると、仕事をしていると思っているようでした。
「仕事なんか早くやめなさい!」といいます。
知らん顔していると「こんなもの壊してやる」と言ってパソコンに手をかけようとします。
仕方なくパソコンを閉じて、「何する?」と言っても特にしたいこともないのです。
ただ意味不明のおしゃべりを続けているだけです。

そのうち「痛い」と騒ぐようになりました。
「何処が痛いの?」と聞くと「ここ」と言って腰とか背中とかを押さえます。
湿布をしようとして「ここ?」と押すとまた場所が違っているのです。
「気持ち悪い、吐きそう」とも言います。
ポリ袋を出して「ここに吐いていいからね」と渡すのですが、直後には何でポリ袋があるのかわからないようで、自分で畳み始めます。

朝から寝るまで「痛~い、痛~い、痛いよ~」と大声で言い続けるようになりました。
毎日毎日です。
夜寝ると言いません。
起きているときだけです。

ある日、寝てからも「痛い、痛い」とずっと言っているので、仕方なく救急車をお願いしました。
そして御茶ノ水の病院に運んでもらい、CT,エコーなどすべての検査をしました。
どこも悪いところはなく、認知症によるものだということでした。

母が痛いと騒いでいる時、姉から電話がかかってきたことがあります。
受話器を通して姉にも母の騒ぎが聞こえたのでしょう。
姉は「まみこも大変だ。近所にまみこが虐待してるように聞こえるね」と笑っていました。

私は1人で母の面倒を見ると覚悟していましたが、このあたりから疲れがたまっていきました。

続く
2013-10-19 (土) | 編集 |
おはようございます、まみこです。
デイサービスでリハビリを受け、少しずつ動けるようになった母は、口も達者になりました。
今迄と性格が変わったように、怒りっぽくなりました。
大きな声で意味不明なことを言っては、私をベッドまで呼びつけるのです。

私のいるダイニングと母の寝ている和室は隣り合っていて、姿も見えるし声も聞こえます。
母が何かを言って私が返事をしても、耳の遠い母には聞こえないのです。
それでヒステリーをおこして「こっちに来なさい!」と怒鳴るのです。
行っても特に用事があるわけではなく、ただ怒りながら何かをしゃべっているだけです。

その頃、姉が来ていました。
母の様子を見て、姉は「あたし、まみこの手伝いはするけど、母の面倒はみないから」と言いました。
私は仕方がないと思いました。

母はいつもイライラしていて、喚いたりベッドの柵やリモコンを投げつけるようになりました。
私は困って、ネットで近所の精神科医院を探し、電話で相談しました。
その前に私の主治医に聞いたのですが、本人を連れて来なくては診断できないと言われたのです。
電話した医院は、本人が来なくてもいいと言うので、早速行ってみました。
「これで少しはおとなしくなるよ」と言う事で薬を出してもらいました。

薬を飲ませてからは、暴れることはなくなりました。
怒りっぽいのも治まったようです。
それでも1日中何かしゃべり続けていました。

リハビリの効果がでてきて、母はベッドの柵につかまって立ち上がれるまでになりました。
そこでポータブルトイレを購入し、介助しながら用を足せるようになりました。
そしてだんだん手引きで歩けるまでになったのです。

その頃は要介護3まで回復していました。

続く
2013-10-17 (木) | 編集 |
おはようございます、まみこです。
母の様子が少しおかしいと思い始めたのは、私が乳癌の治療を始めた年です。
癌が見つかったのはその前年の暮れですが、治療開始は翌年2008年の1月からです。
1回目の化学療法の為、1月15日に入院しました。
留守中は姉に来てもらっていましたが、姉が面会に来たときにも「お母さん何だか変ね」と言っていました。
母には癌であることは言いましたが、どうもそのことを認識していないようなのです。

その頃はまだ、それ程でもなく、日常生活に支障はありませんでした。
酷くなったのは、その翌年2009年の3月と5月に2度の入院をしてからです。
最初は腰椎圧迫骨折、2度目は脊椎圧迫骨折です。
2度目は寝たきりでした。
だんだんおかしなことを言うようになりました。

2度目の入院の時に、地域包括センターに行き、ケアマネージャーさんを紹介していただきました。
そして介護度の申請をしたら、いきなり要介護5だったのです。
ケアマネさんと相談して、退院するまでに介護用ベッドや、車椅子など必要なものをリースしておきました。
私も介護の本を買って、勉強しました。
面会は近所のS病院だったので、毎日行きました。

6月に退院した時は、全く動けず寝返りも打てない状態でした。
1日中ベッドの上で、食事も排泄も寝返りも全介助です。
事前に介護の本を読んでいた為、それ程の力も入れず体の向きを変えることはできました。
パジャマの着替えも、苦労はしませんでした。

そしてケアマネさんの提案で、デイサービスを受けることになりました。
全く動けないので、職員さんが抱いて車椅子まで運んでくださいます。
お風呂も入れてくれるので助かりました。
デイサービスでリハビリをしたお陰で、少しずつ動くことができるようになりました。

動くようになってからのほうが、大変だったと思います。

続く
2013-10-15 (火) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
台風が近付いているようです。
こちらは11時頃から雨になりました。
通り道の皆様、どうぞお気をつけください。

今年になって、少しずつ行動ができるようになりました。
最近は動くのが楽しいです。
今迄は、体がダルく何をするのも億劫でしたが、だんだん動けるようになってきました。
まだ完璧ではないので、すぐ疲れるのですが、随分よくなりました。

マメに動くようになると、家の中も片付いて気持ちいいです。
横着をしていた頃は、テーブルの上も物だらけだし、カタログ類も山のように積み上げられていました。
出して使った後、すぐに片付けないで、まとまったらなんて思っていましたから、すぐに汚くなるのです。

ちゃんと片付けると、今度は物が出ているのが気になるようになります。
小さな物でもその都度片付けるようになりました。
花の水を毎日取り替えたり、使った食器を食器棚にしまったりするのが苦にならなくなりました。
今迄は本当にいろいろ出しっ放しだったのです。

まだ片付けたいところは沢山あるのですが、母の物は片付けられません。
もう絶対使ったり着たりしないとわかっていても、何だか遺品の整理みたいで嫌なのです。

あと外に出るのも、気軽に出られるようになりました。
前の日から覚悟をしておかなくても、思いついて出かけることができます。
約束していること以外は、結構お天気と気分で出かけます。

嫌々やっていた掃除や洗濯も、今は楽しいです。
綺麗になるから、やる気も出るんですね。

動くことが習慣になったら、体も軽くなりました。
何より動いた後の爽快感がいいですね。
2013-10-13 (日) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
今夏8月30日に、乳癌のホルモン療法が終了しました。
これで治療はお終いです。
ただ最近、ホルモン療法は10年やるべきだという説がでているようです。
5年だと後期再発率が高いので、ということらしいのですが、10年やって結果はどうかというデータがまだないそうです。
5年でも長いのに、10年なんてウンザリしますね。

先生も「どうする?」と一応聞きましたが「副作用の問題もあるから、ま、いっか」ということになりました。
薬を飲むだけなので、たいへんではないのですが、やはり副作用が嫌です。
ホルモン療法の副作用としては、骨量の減少と薄毛があります。
骨のほうは、今でも薬を続けています。

問題は髪の毛です。
1番の悩みは髪の毛が薄いことです。
外出には帽子は欠かせません。

先生に「薬が終わったら、髪の毛生えてくるかな」と聞いたら「う~ん、半年、いや1年はかかるかな~」と言うのです。
ガッカリしてしまいました。
もうそろそろ帽子生活とおさらばしたいのです。
まだ当分駄目そうです。

薄毛は本人が気にしてるほど、他人は気が付かないかもしれません。
気が付いても「あの人、ちょっと薄いんじゃない?」程度でしょう。
でも本人にとっては、深刻な問題です。
好みのヘアスタイルもできないし、地肌を見ると憂鬱になります。

嘆いていても仕方ないですね。
来年の今頃には生え初めてくるだろうし、希望を持たなくては。
それまで帽子ファッションを楽しみます。
2013-10-11 (金) | 編集 |
おはようございます、まみこです。
暑い日が続いています。
秋咲きの苗が届いたので、昨日植えました。

パンジーとビオラが各10で、あとはお任せを頼みました。
ひとみ草、アジュガ、マリーゴールド、ユーフォルビア、千日紅、チェリーセージ、金魚草、ストック、デージー、宿根ダリアが入っていました。
知らない花もあります。

442.jpg 後ろがパンジーで前がビオラです。

443.jpg 444.jpg 445.jpg 446.jpg

448.jpg 449.jpg 450.jpg

あとはランダムに植えました。

ひとみ草というのは、初めての花ですが、とても小さくて可愛いです。
這うように増えるそうです。
下がひとみ草です。


451.jpg

前に植えた苗の花は終わりましたが、蕾が付いているのもあります。

447.jpg ポーチュラカが1輪咲いていました。

花がたくさんになると楽しいですね。
ガーデニングがこんなに面白いとは思いませんでした。
長いこと放っておいた庭を、思い切って整理してよかったです。

まだまだ人に見せられるような庭ではありませんが、1人で楽しんでいます。
覆い尽くされた雑草を抜き、無限にあるのではないかと思えたカラスウリの根を掘り、前段階は大変でしたけど、自分だけの庭ができて嬉しいです。
2013-10-09 (水) | 編集 |
おはようございまう、まみこです。
昨日お寺に行ってきました。
過去帳の記帳と位牌のお炊き上げをお願いするためです。

今度の宗派は位牌がありません。
亡くなった人は過去帳に書き入れます。

家の仏壇はとてもコンパクトなものです。
うちは本家ではないので、仏壇に入るのは父母と私の3人だけです。

今迄の宗派では上段の真ん中にご本尊様の軸を掛け、右側に父の位牌を置いていました。
今度は軸が3つになりました。
真ん中がご本尊様、右側が親鸞上人、左側が教如上人です。
それで、父の位牌は中段に下ろしました。

中段はお水とご飯を供える卓があります。
そして下段には、作り物のお菓子と祖父(母方)と祖母(父方)の写真をおいていました。
真ん中にはお茶を供えてあります。

父の位牌がなくなったので、祖父母の写真も片付けようと思います。
お花は飾ろうかどうしようか迷っています。
造花でもいいかなとも思います。

これで仏壇がスッキリします。
掃除もしやすくなります。

仏壇には位牌が付き物ですが、位牌がないというのもいいものですね。

昨日は用事が済んでから、父のお参りをしてきました。
父は嫌いだといいながら、結構お参りをしています。
なんとなく気分が晴れるものですね。
2013-10-07 (月) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
先日銀行に行ってきました。
帰り道、家の近くで近所の奥さんに出会いました。
挨拶のあと、彼女が「随分元気そうになったわね。歩き方が全然違う」と言います。
私は「ええ、元気になりました。そんなにひどい歩き方でした?」と聞くと「うん、もうなんだかね、とっても辛そうに歩いてたわよ」と言うのです。

私は体調が悪くても、見栄を張って外では元気そうに振舞っていました。
他人に悟られないようにしているつもりだったのです。
でもわかってしまうのですね。

彼女は「このあいだ犬の散歩させてて見かけたけど、あれ?と思ったのよ」と言いました。
本人は虚勢を張っていても見抜かれてしまうんですね。
「なんだか、前はやっと歩いてるって感じだった」とも言われてしまいました。
「それが、いやに元気そうになってるので良かったと思ったのよ」と言ってくれました。

どこが悪いとかは誰にも話していません。
ただ一昨年から最悪の状態だったことは確かです。
母の介護に疲れ果て、更に姉の家にも悩まされ、心身ともにボロボロでした。
勿論体調も崩し、内科からも精神科からも入院するように言われました。
でも母のことがあって、入院するわけにはいかなかったのです。

それから2年、母も施設に入り、姉にも念書を書いてもらい、すべて解決しました。
体調もだんだんよくなってきました。
今はとても元気です。
昼間横になるのも、1日1回で済むようになりました。

なにより歩くのが楽しいのです。
だから歩き方も元気そうになったのでしょう。

それにしても、隠しているつもりでも歩き方でわかってしまうんですね。
2013-10-05 (土) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
私は自転車には乗れますが、乗ってはいません。
自分で走っていて、怖いなと感じるからです。

この辺は自転車利用者がとても多いです。
歩道は歩行者より、自転車のほうが多いくらいです。
だから、歩道を歩くのも怖いです。

自転車は軽車両です。
歩道と車道の区別があるところでは、原則車道を走ることになっています。
でも車道を走る自転車は少ないです。
当たり前のように歩道を走っています。

腹が立つのは、歩道を歩いていて自転車にベルを鳴らされることです。
急ぐなら車道を走れと言いたいです。
規則でも、歩道を走る場合は、すぐに停止できる速度で、歩行者の通行を妨げる場合は一時停止をするとなっています。
守らない自転車ばかりですね。

車道と歩道の区別のないところの、四つ角などは、車は一旦停止をしますが自転車はしません。
我が物顔で走っていきます。
私はいつも道の端を歩いているのですが、角から突然直角に曲がってくる自転車がいます。
勿論スピードは落としていません。
道路に人は歩いていないと思っているのでしょうか。

自転車によって危ない思いをしたことは、何度もあります。
腹立たしい思いをしたことも、たくさんあります。

自転車に乗るかたは、どうか車道を走っていただきたいです。
歩道を走るのなら、スピードを出さないでください。
また並走もしないでください。
いつ自分が加害者になるかわかりません。
対人傷害保険にも加入しておいてください。

自転車が憎いのではありません。
上手に自転車に乗れる人を羨ましいとも思います。
ただ常識のない人は乗らないで欲しいのです。
2013-10-03 (木) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
だいぶ秋らしくなってきました。
今日は少し暑いです。

もう大分前から虫の音が聞こえていました。
10年くらい前からでしょうか。
私は虫の音に詳しくないので、コオロギとスズムシくらいしか聞き分けることができません。

うちで鳴いているのは小さな音でチンチンチンチンと鳴く虫です。
姿は見たことはありません。
でも毎年細々と鳴いています。

それで調べてみました。
どうもカネタタキという虫らしいです。
涼やかな可愛い声です。
ただ姿は醜いです。
写真を載せようかと思ったのですが、苦手なかたもいらっしゃるでしょうから、やめました。
羽のないコオロギのような、サンドベージュの小型の虫です。

声はもうお馴染みになっているので、正体がわかってよかったです。
たくさんはいないのですよ。
2~3匹で鳴いているように感じます。

では声だけ聞いてください。




2013-10-01 (火) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
今日は母の面会に行ってきました。
週に1度行ってます。
そろそろ涼しくなったので、着替えも持って行きました。

行くと母はいつも「何処かへ行きたい」と言います。
何処という希望はないようですが、外に出たいのでしょう。

今日は気温も丁度いいので、ホームの周りを散歩しました。
車椅子を押して、いろいろ説明しても殆どわからないようでした。
「外の空気は気持ちいいでしょう?」と聞くと「うん」と言います。
でも何かに興味を示すということはありません。
景色のいい場所でもないし、街中ですから見るようなものもありません。

周りを見回すこともなく、ただ座っていました。
1周したら細かい雨が降ってきたので、帰りました。
少しでも気分転換になったのならいいのですが、あまり効果はなかったようです。
ホームに戻ったら、もう外に行ったことは頭にありません。

441.jpg 440.jpg

母はとても小さいです。
元々140センチ台でしたが、今は140センチもありません。
足に巻いている白いものは、ぶつけた時痣にならないように、クッションの付いたサポーターです。
母が持っているのは、私のバッグです。
「持っててね」と頼むと、いつも大事そうに抱えています。

覚えることができなくても、時々は外に出してあげたいと思います。
できるうちにできることをしておかないと、そのうち外出も困難になるでしょう。
今でも自力歩行はできません。
私にできることは、話し相手と車椅子を押すことくらいです。