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2013-04-29 (月) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
いつもではないのですが、時々思い出して悩むことがあります。
それは、付け届けのことです。
現在私は3箇所の病院のお世話になっています。
そして母は施設に入居しています。

今迄、入院した時も手術を受けた時も、お礼の金品を渡すことは考えていませんでした。
実際に1度も渡したことはありません。
ある時、施設に差し入れをしたほうがいいのでは、という意見を聞きました。
それから気になるようになってしまったのです。

病院には「金品を渡さないように」という張り紙がしてあります。
ところが偶然読んだ研修医さんのブログに、お金をいただいて嬉しくて助かったと書いてありました。
金品を渡すなというのは建前なのでしょうか。
本当は渡せば受け取るのでしょうか。

研修医さんが金銭的に厳しいのは知っています。
しかし、私がお世話になっている先生は、夫々中堅かベテランの先生です。
それでも付け届けを受けると嬉しいのでしょぷか。

母も施設で大変お世話になっています。
差し入れをしたほうがいいのかどうか迷います。
私はどうも人に物をあげるという行為が苦手なのです。
渡すタイミングもわからないし、公に渡すのかコッソリ渡すのかもわかりません。
それに、もし渡して付き返されたらバツが悪いです。

それより、きちんと支払いをし、必要な時はすぐ駆けつけるというほうが大事なのではないかとも思います。
病院で診ていただいたら「ありがとうございました」とおじぎをすればいいのだと思っていました。
感謝は金品ではなく言葉と態度で表す、これでは駄目ですか?

勿論相手も貰った貰わないで、態度を変えるとは考えられません。
私もよくしていただいていますし、母もよく面倒見ていただいています。

個人医院とかで、先生とも公私にわたり親しいのなら別ですけど、病院や施設の場合はどうなのでしょう。
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2013-04-27 (土) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
夜、寝るとき私は、小さい電気だけつけています。
今迄は、電気スタンドの明かりを1番弱くしていました。
その電気スタンドは、古くて汚いのです。
それで前からミニランプが欲しいと思っていました。

いろいろ探していたのですが、なかなか丁度いいのがありません。
先日、手作り品の販売サイトで、素敵なステンドグラスのミニランプを見つけました。
早速申し込みをして、昨日届きました。
大きさも丁度良く、シックで綺麗です。
一目で気に入りました。

499.jpg 高さは18センチくらいです。

500.jpg 上から見たところ。

501.jpg 503.jpg この場所に置きました。

なんだか嬉しくて、ずっとニマニマしていました。
1年以上探していたんですよ。

今はテーブルに直に置いていますが、母がレース編みで作ったドイリーが何処かにある筈です。
探して、下に敷こうと思います。

夜、電気を消して、ランプだけ点けたらとても綺麗です。

504.jpg こんな感じです。

ランプと布団の間は2メートルくらいあるので、光の度合いも丁度いいです。
布団の中から、綺麗だなあっと暫く眺めていました。

欲しいと思っていて、気に入るものが手に入ると嬉しいですね。
2013-04-25 (木) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
昨日、ドジを踏んでしまいました。
家の中で転んだのです。

午後、寝ていました。
そうしたらインターホンが鳴ったので、慌てて起きました。
急に起きたので、立ちくらみがしたみたいです。
ヨロヨロッとして、灯油ストーブの角に左胸を打ちつけ、反動で右に転び、右側頭部を床に打ちました。

昨日は午後、ガスの点検があるというお知らせが入っていたのを、すっかり忘れていたのです。
痛みをこらえて玄関を開け、点検をしていただきました。
見栄を張って何気なさを装っていました。

ガス屋さんが帰ってから、改めて何処を打ったか調べてみました。
左の肋骨の上のほうが痛いです。
右の頭はそれ程痛くはありませんでした。
肋骨のところに湿布をはりました。

お風呂に入って、髪を洗ったら、やっぱり頭も痛かったです。
右ひざにも内出血していました。
でもたいしたことはありません。
頭と膝はそのうち治るでしょう。
肋骨も湿布を貼っておけば大丈夫だと思います。
病院には行きません。
どうせ行っても、湿布をくれるだけでしょうから。

本当にドジですね。
乳腺科の先生にも言われていたんです。
薬の副作用で骨が脆くなっているから、転ばないようにと。

でもたいしたことなくてよかったです。
立ちくらみはしょっちゅうなので、気をつけないといけませんね。

今日はだいぶいいです。
咳をすると痛いだけです。
2013-04-23 (火) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
母のところに行ってきました。
本当は午前中に行くつもりでしたが、思いっきり寝坊したので午後になりました。
先ほど帰って来たところです。

母はもう私を忘れました。
顔は覚えているようで、私が行くと手を振ります。
でも名前も、自分の子供だということも、わからないようです。

3回ほど前から「まみこ」と呼ばなくなり、自分のことを「お母さん」ではなく「あたし」と言うようになりました。
それでも「家に帰りたい」とか「一緒に暮したい」とかは、言っていたのです。
今日は一度も言いませんでした。
ただ「あたし、もう死ぬの」とずっと繰り返していました。

これもまた仕方の無いことだと思います。
いつかはこうなると思っていたので、ショックは受けません。
寂しいとか残念だとも思いません。
時が来たのだなと思うだけです。

施設に入れたことは後悔していません。
あのまま2人で暮していたら、いつかは破綻するはずです。
お互いにイライラし、疲れ果てるでしょう。
事件に発展するかもしれないというところまできていましたから。
離れて暮すほうがよかったのです。

母の頭の中は、もうスカスカです。
何もわからなくなっています。
でも長生きして欲しいです。

私のことがわからなくても、母は母です。
現実の母を受け容れます。
誰よりも大切な、大好きな母ですから。
2013-04-21 (日) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
どうも私の喉にはストッパー機能があるようです。
といっても何かが付いているわけではありません。
見た目は何も付いてない普通の喉です。

どうしてそう思うかというと、一定以上飲んだり食べたりすると、飲み込めなくなるからです。
仕事をしている頃、よく飲み会がありました。
楽しく飲んだり食べたり、おしゃべりをしたりしていても、突然お酒が飲み込めなくなるのです。
そうすると飲むのをやめます。
食べ物もそうです。

だから私はお酒を飲みすぎて、失敗したりしたことがありません。
食べ過ぎてお腹を壊したこともありません。
お腹は弱いのでよく壊しますが、食べ過ぎが原因ということはないです。
結構たくさん飲んでも、普通とあまり変わらないですし、勿論記憶がなくなるなんてこともありません。
二日酔いになったこともありません。

お腹が一杯、もう破裂しそうなんて経験もないです。
いくら飲み込もうとしても喉を通らなくなるので、その一口でやめるからです。

それから私はイッキ飲みというのができません。
お酒に限らず、水でも普通の飲み物でも一口ずつしか飲めないのです。
一口含んで飲み込んで、また一口含んで、と言う具合にしか飲めません。
流し込むということができないのですね。

この喉のストッパーは無意識に脳が指令を出しているのだと思います。
「ゆっくり飲め」「それ以上飲むな」「もう食べるな」と。
お陰で、飲みすぎ食べ過ぎで体を悪くしたことはありません。

普段はストッパーが掛かるほど、飲んだり食べたりはしていませんが。
2013-04-19 (金) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
伊豆の名物に金目鯛があります。
今ちょうど時期なのか、金目料理が多いです。
大抵お刺身か煮つけにして食べます。
私は煮魚が好きではないので、あまり食べません。

金目寿司というものがあります。
これは美味しいです。
ただ、あまり作っていないらしく、前は下田駅のホームの売店でしか買えませんでした。
それも、すぐ売り切れてしまうので、行った時帰りの分を予約しておくのです。
私は何度か食べました。

姉の住んでいるあたりはサンマ寿司が恒例です。
開いて酢で〆たサンマに、寿司飯を詰めて、またサンマの姿にしたものです。
お祭りやお祝い事があると、必ず造ります。
スーパーでも売っています。
私はちょっと生臭いのが嫌で、あまり食べません。

先日下田に行った時、帰りに構内の売店でも金目寿司を売っていました。
「夕食面倒だから金目寿司にしようか」と言ったら、姉は怪訝な顔をしています。
兎に角買って帰り、夕食に食べました。

姉は「えー、こんなのがあるの?サンマ寿司しか知らなかった」と言います。
地元の人は駅の売店で買い物などしませんから、無理も無いですね。
「美味しいよ」と言ったら「うん、美味しい」と言っていました。

金目寿司は押し寿司です。
サバの押し寿司の、サバが金目鯛になっただけです。
でもサッパリしていて美味しいです。

姉もきっと、帰ってから家族に話してると思います。
2013-04-17 (水) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
芋掘りといっても、食べるお芋のことではありません。
カラスウリの根のことです。
早く掘らなくてはと、気になっていたのですが、重い腰をやっと上げました。

まだ芽は出ていないので、枯れた蔓を頼りに掘りました。
たった5粒アーチのところに撒いただけなのに、庭中にはびこっています。
根が芋のように大きいので、引っ張っただけでは抜けません。
穴を掘らないと取れません。

495.jpg 枯れた蔓と根です。

496.jpg 根はこんなに大きいです。左上は長さ10センチほどあります。

498.jpg ここで苦戦しました。

根は地下茎で繋がっています。
しぶとくて、なかなか取れないのです。

3枚目の写真は、どうしても取れませんでした。
押しても引っ張っても、ビクともしないのです。
30分以上頑張ったでしょうか。
脳貧血を起こして、フラフラで頭はクラクラ、目の前は真っ暗になったので、ここでギブアップです。
こうなったら後日、意地でも取ります。

まだほんの一角しかやっていません。
まだまだ沢山あると思うとウンザリします。
でも早いうちに掘ってしまわないと、薮蚊が出てきます。

また挑戦です。
夢中になって掘ったので、汗をかきました。


2013-04-15 (月) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
午前中、仏具屋さんに買い物に行ってきました。
中途半端に遠いです。
都営浅草線の浅草駅のそばにあります。

帰りに浅草神社に寄ってみました。
浅草というと、浅草寺や雷門はお馴染みですが、浅草神社(三社様)はあまり知られていないのではないでしょうか。
賑わうのは三社祭のときだけです。
それも三社祭は浅草寺のお祭りと思っている人もいるようですが、浅草寺はお寺ですからお祭りはありません。

二天門をご存知ですか?
雷門や宝蔵門は有名ですが、いがいと知られていないようです。
浅草寺に向かって右側にあります。

482.jpg 二天門です。

483.jpg 二天門を入ると、浅草神社、浅草寺とあります。

485.jpg 486.jpg 浅草神社です。

487.jpg 488.jpg 狛犬さんです。七五三の時の写真がありますが、台座にも届かないほど小さかったです。

489.jpg 浅草神社本殿です。

490.jpg 三社祭のお神輿がしまってあります。

491.jpg 492.jpg 493.jpg 神社の裏手にあるお稲荷さんです。

484.jpg 浅草寺のパワースポットです。宝蔵門の右手にあります。

1度も座ったり、しゃがんだりしませんでしたけど、疲れませんでした。
暖かかったので、コートは着ないで行きました。
歩いたら暑くなりました。

帰ってから食べたアイスクリームが美味しかったです。
2013-04-13 (土) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
最近調子がいいです。
出かけることが苦にならなくなりました。
と、いうより何か出かける用事がないかなと探しているような状態です。
まだ目的のないお出掛けはできません。

思い起こせば、今年の元日初詣に行ってから、その気になってきたみたいです。
以前は家を出るのが怖かったです。
パニック障害の特徴です。
兎に角外が恐怖なのです。

だいぶ良くなってきているのでしょう。
用事があれば、気軽に外出できるようになりました。

お墓を買う計画を立てたり、実行したりするのが楽しかったです。
勢いで伊豆までも行ってしまいました。
案ずるより産むが易しですね。

電車に乗ったらアッという間に下田に着いてしまいました。
骨壷を出す時も、お経をあげていただいている間、手を合わせて立っていましたが、倒れそうにもなりませんでした。
ホテル内のお食事処ですが、外食もできました。
姉も私程ではありませんが、小食なので気楽だということもあったかもしれません。

帰りの電車も、なんの違和感もなく乗って、車中でお昼も食べました。

納骨式の翌日は母の施設へ行きました。
「バスで行くよ」と言ったら「大丈夫なの?」と心配されました。
でも2人で往復バスに乗って行って来ました。
姉も「随分よくなったね」と吃驚していました。

今は出掛けたくて仕方がありません。
今度、お寺さんで生前法名をいただくつもりなので、月曜日になったら仏具屋さんに過去帳を買いに行こうと思っています。
お坊さんも「いろんな色があって綺麗ですよ」と仰っていたので、楽しみです。
何色にしようかな。
2013-04-11 (木) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
私と父は、生まれた時からウマが合わないというか、ソリが悪いというか、最初から父は私が嫌いだったようです。
父に可愛がられた記憶はありません。
精神的にも肉体的にも虐待を受けて育ちました。
私は父の温もりを知りません。
知っているのは殴られた時の感触だけです。

姉は父にとても可愛がられました。
抱いてもらったり、肩車してもらったりしていました。
父は私の前で、これ見よがしにそうするのです。
私は父に手を引いてもらったこともありません。

幼少の頃は、それでも可愛がられたいという気持ちがありました。
それも小学生になるころには消えていました。
アトピーだった私を、父はいつも汚い汚いと言っていました。
私が触った物さえも汚いと言いました。
そんなふうに育ちました。

でも、母は私をとても大切にしてくれました。
汚い赤むくれの皮膚病の手当ても素手でしてくれました。
いつも手を繋いでくれました。
だから私は平気でした。

父に対する恨みは長ずるにつれて強くなりました。
大人になって立場が逆転したら、復讐してやると思いつつ成長しました。
大人になって出戻ってからは、父を無視しました。
辛らつな言葉も浴びせました。

私達はとうとう分かり合えないまま、父は亡くなりました。
亡くなったあとでも憎しみは消えませんでした。

今回お墓を近所に移す際にも、父の遺骨をどうするか迷いました。
でも父だけ向こうに置いて行く訳にはいきません。
心の葛藤は随分ありましたが、連れてくることにしました。

そして、納骨式が済んだら、何故か晴れ晴れとした気持ちになっているのです。
父の遺骨をお墓にいれる=当たり前のこと、と自然に思っている自分に驚きました。

父を許したのかどうかは自分でもわかりません。
書き切れない程の仕打ちを受けましたから。
でもそれもどうでも良くなっています。
許すとか許さないとかではなく、紛れもなく父の遺骨なのです。
だから同じお墓に入るのは当然です。

今の心境は「無」です。
自分でも分析できません。
でも、気分はいいです。

今日お昼前に姉が帰りました。
2013-04-09 (火) | 編集 |
おはようございます、まみこです。
昨日父の遺骨の納骨式をしてきました。
姉と一緒に行きました。

10時半頃に到着して、説明を受け、11時から御供養です。
本堂に移動して、待合室で待っていました。
部屋に電話がかかり、いよいよ法要です。

本堂正面の畳の間に座って、お経をあげていただきました。
役30分です。
本堂は初めて入りましたが、広くて椅子がたくさん並んでいました。
椅子の前が畳で、正面がご本尊様です。
なにもかも金ぴかで眩しかったです。

お経が済んでから、屋内浄苑に戻り、お骨を箱に収めていただきました。
お経と御高話があり、無事納骨は済みました。
予定通り、12時丁度に終わりました。

帰りはお天気もいいので、歩いて帰ってきました。

書類を1枚忘れてしまったので、今日届けに行きます。
それですべて完了です。

ゆうべは父も落ち着いて眠ったことでしょう。
これからはいつでもお参りができます。
私も一安心しました。

今日はこれから姉と、母の面会に行きます。
午後はお寺さんに書類を届けて終わりです。

少し疲れましたが、気分はいいです。
2013-04-07 (日) | 編集 |
おはようございます、まみこです。
今、姉が来ているので、とても楽です。
食事の支度もしてくれるから、まともな食事ができます。

姉は家事が苦にならないタイプでよく動きます。
昨日はスーパーに買出しに行ってくれました。
午後は私が病院に行っているあいだに、掃除もしておいてくれました。
私は掃き掃除はするのですが、雑巾がけが嫌いでやりません。
帰って来たら、床の汚れも全部落ちていました。
ちょうどキッチンのタイルを拭いているところでした。

何でもやってくれるので、とても助かります。
用事のないときは本を読んでいます。
私はパソコンをしているので、お互いに静かです。

気がかりなのは、大分耳が遠くなったことです。
姉は生まれつき左耳が全く聞こえません。
右だけで聞いているので、多少不自由はありましたが、その右耳のほうも聞こえが悪くなったそうです。
慢性中耳炎で、痛くもなんともないらしいのですが、去年から急に聞こえが悪くなったと言っていました。

姉は丈夫で元気なのですが、耳だけが昔から少し不自由です。
知らない人は気付かないのですが、車を運転していても、助手席に座っていると話しかけても返事がないときがよくありました。

だから、おしゃべりする時は大きめの声で話すようにしています。
以前は小声でも聞こえていたんですけど、今は駄目です。

木曜か金曜までいてくれると言うので、それまでは楽をします。
2013-04-05 (金) | 編集 |
こんばんは、まみこです。
無事帰ってきました。

昨日は10時発の「踊り子号」で伊豆急下田まで行きました。
東京駅も久し振りです。

467.jpg この電車で行きました。

定刻に到着し、姉が迎えにきてくれていました。
義兄には会いたくなかったのですが、一緒に来ていました。
少し時間があったので、姉の家に行き、コーヒーを飲みました。
それからお墓に行くと、住職さんもちょうど見えたので、早速お経をあげていただきました。
カラートから骨壷を出す時、相当重かったみたいです。
住職さんが、多分水がはいっているから流した方がいいとおっしゃるので、義兄が壷を傾けたら大量の水がはいっていました。
壷はとても汚れていました。
水を汲んできて、タオルで拭いたのですが、あまり綺麗にならないので、そのまま持ち帰ることにしました。

470.jpg お墓から見た風景です。

住職さんにお礼とお布施を渡し、お別れしてホテルにチェックインしました。
ホテル伊豆急に泊まったのですが、ここはシングルがなくツインの部屋です。

471.jpg 472.jpg 473.jpg 部屋と窓からの風景です。

5時半にホテルで姉と待ち合わせて、一旦休みました。
時間になって、姉が来たので和食処で夕食を食べました。
それから、部屋に行ってずっとおしゃべりしていました。

今日は10時8分発の電車なので、9時過ぎに迎えに来てもらいました。
買い物をしたりしているうちに、電車が入ってきました。

476.jpg 477.jpg 478.jpg 下田駅です。

479.jpg スーパービュー踊り子2号です。これで帰ります。

途中具合が悪くなることもなく、無事家に着きました。

お骨って重いんですね。
骨壷の重さかと思ったら、骨が重いんです。
家で、お骨をザルにあけて、骨壷を洗いましたが綺麗にはなりませんでした。
骨がこんなに重いとは知りませんでした。

1週間くらい姉がいてくれるので、暫くは安心です。 

2013-04-03 (水) | 編集 |
おはようございます、まみこです。
明日10時発の電車で伊豆に行ってきます。
父のお骨を取りに行きます。
ここのところお天気が悪いですが、明日は回復しそうです。

お墓は高台にあって、国道を挟んで海です。
日当たりはいいのですけど、海風が強いです。
きっと荒れ放題になっていると思います。

お骨の取り出しは、2時にお寺さんと約束しているので、お経をあげていただきます。
お骨がこちらに来れば、もう伊豆にいくこともないかもしれません。
姉には会いたいので、時々こちらに来てもらうようにします。

宿泊はホテルを予約しました。
義兄に会うのが嫌なので、姉の家には泊まりたくないのです。
ホテルはすぐ近くなんですけど。

1泊で帰ります。
帰りは姉と一緒です。
8日が納骨式なので、参列してもらう為です。
それに姉も、もう1年以上来ていないので、来たがっていましたし。
1週間位はいてくれると思います。

体調を崩してから初めての遠出ですので、少し不安があります。
S先生は「大丈夫だよ。だって3時間でしょ?薬(発作時の頓服)1日3回は飲んでいいから」と言ってくれました。
往きは音楽を聴きながら寝て行こうと思います。
帰りは姉がいるので、心丈夫です。

では、頑張って行ってきます。
2013-04-01 (月) | 編集 |
おはようございます、まみこです。
私の家のお墓は伊豆の姉の家の近くにあります。
墓地は地区の共同墓地で、墓石は母が建てました。
これは父の意思でした。
私の代で家系が途切れてしまうので、姉の近くでずっと供養してもらおうというものです。

ところが共同墓地なので、そこに住んでいる家のお墓しか建てられません。
やむなく姉の家の苗字のお墓になりました。
遠いのであまり行くことができませんが、13回忌までは行きました。
母は足が弱っていたので、私1人で行きました。
その後、母は認知症になり、私は癌になり、体調も優れず17回忌はやっていません。

私は常々思っていました。
仮に私の家が「田中家」で姉の家が「山田家」だとします。
私は姉の家の近くに墓地を買って「田中家」のお墓を建てるのなら納得します。
しかし義兄の計らいで共同墓地になったので「山田家」のお墓に入っているわけです。
間借りをしているようで、肩身の狭いものです。

私は義兄が大嫌いです。
それでも我慢してきましたが、2年前の電話でブチ切れました。
姉の家は非常に生活に困っています。
姉が離婚して戻ってくれば、生活の面倒は見るつもりでした。
姉も一時はそれを考えたようです。
でも振り切ることができなかったのです。
夫婦仲はいいです。

そこで私は近所にお墓を買おうと決心しました。
「山田家」ではなく「田中家」のお墓です。
そうすれば、堂々と「田中家」を名乗れるし、お参りも頻繁にできます。
そこで東本願寺の屋内浄苑を買ったのです。

書類も全部揃いました。
準備万端です。
今週の4日5日に伊豆に行って、父の遺骨を持ってきます。
向こうのお寺の住職さんにも、連絡して立ち会っていただけることになりました。

お骨の移葬が済めば、気分的にもスッキリします。
1人で勝手に決めたことですが、後悔はないです。