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2012-09-29 (土) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
久し振りに音楽を貼ります。

昔のアメリカンポップス、クリス・モンテスの「愛の聖書」です。
単純だけれど、なんとなく哀愁がありますね。
曲も短いし聴きやすいです。

こういう曲を探し出すのが好きです。
日本にもいい曲があります。

彼の声はちょっと女性っぽいですが、秋の一時ノスラルジックな音楽などいかがでしょうか。



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2012-09-27 (木) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
あの残暑は何処へやら、急に気温が下がりましたね。
これくらいが1番過ごしやすいという人が多いでしょう。

私の適温は30度です。
それ以下になると、涼しいというより寒いです。
社交上「涼しくなりましたね」などとは言いますが、本当は寒いのです。

涼しくて気持ちいいと感じることは殆どありません。
真夏に外を歩いて冷房の効いた建物に入った時くらいです。
病院など長時間いるところは、最初はいいのですがだんだん寒くなってきます。

家の冷房も付けたり切ったりしていました。
ずっと付けていると寒くなります。
今は1人だから自由に調節していますが、母がいた時は付けたままでした。
私は寒くて、ひざ掛けを掛けてカーディガンを着ていました。

30度を切ると半袖ではいられなくなります。
お彼岸の頃から、すでに長袖を着ています。
家に居る時はその上にジャケットも着ています。

寒いの嫌です。
そろそろストーブ付けようかな、なんて考えています。
10月になったら迷わずストーブです。

これからもっともっと寒くなりますね。
ノースリーブや半袖で過ごせる季節が1番すきです。
2012-09-25 (火) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
父がまだ現役だった頃です。
父は小学校の校長でした。
そこへK先生という新任の教頭が赴任してきました。

K先生は教頭になったのが余程うれしかったのでしょう。
電話がかかってくると張り切って「はい、教頭のKでございます」と出るのだそうです。
普通学校に電話があると「○○小学校です」とか「××中学です」と言いますよね。
それをいきなり名乗ってしまうのです。
しかも「きょお~とう」と強調するらしいです。

その話を父から聞いて、母は試してみたくなったようです。
授業時間は先生達は教室に行ってしまいますし、校長は校長室にいます。
職員室には教頭が残っているわけです。

チャンスが来ました。
父に用事があって、学校に電話をすることになったのです。
母は面白がって「教頭先生のK先生ですか?」とかけました。
案の定「はい、教頭のKです」と言ったそうです。
父に代わってもらい電話が済んでから、母が「言ったわよ」と言うので2人で大笑いしてしまいました。
それから我が家ではK先生の話をする時、わざわざ「教頭の」を付けて言います。

今は教頭とは言わずに副校長とか呼ぶのでしょうか。
一時教頭はやめて、校務主任と呼ぶようになんて時期があったようです。
でも教務主任と紛らわしいし、馴染みがないのでいつの間にか立ち消えになりました。

肩書きって、そんなに嬉しいものなんでしょうかね。
2012-09-23 (日) | 編集 |
おはようございます、まみこです。
だいぶ涼しくなりました。
今日は長袖を着ています。

寒くなると襟元が気になりますが、私は首周りは寒くないのです。
スカーフとかマフラーは付けません。
一応ファッションでハイネックやタートルネック、オフタートルは着ます。
でも首のあたりがモコモコしているのは好きではありません。

母はスカーフが好きで、よく使用していました。
私はスカーフをすると、とても気になって自分で浮いているような感じがするのです。
似合わないと思い込んでいます。
だからスカーフの色々なアレンジの仕方は知りません。

スカーフを上手に使っている人を見ると、真似してみようと思うのですが、いざ自分でしてみると何だか恥ずかしいです。

マフラーも似合わないようで、使いません。
見ると欲しくなって買うのですが、使う機会がありません。
普通に防寒用として使えばいいのでしょうが、マフラーだけ目立つような気がするのです。

よく襟元が寒々しいと言われるのですが、スカーフやマフラーをする勇気がないのです。
自分が気にしているほど他人は気にならないのでしょうけど。

今年は思い切ってマフラーをしてみましょうか。
多分とても温かくて手放せなくなると思います。
2012-09-21 (金) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
母は料理が嫌いで苦手です。
私が小さい頃は、近所にお惣菜屋や肉屋や乾物屋がありました。
大抵そこで出来合いのおかずを買っていました。

小学校に入る頃、母の妹が手伝いに来ました。
花嫁修業なのでしょうか、家事をしながら洋裁学校に通っていました。
叔母はマメな人で料理も上手でした。

3年くらい家にいましたが、結婚が決まって嫁いでいきました。
その後は祖父(母の父)が、お手伝いさんを探してくれて、Sちゃんという人が住み込みました。
Sちゃんは中学を出たばかりでしたが、よく働く人でした。
そのSちゃんも2年程でやめてしまいました。

その後は私達姉妹に夕食を作るように言われました。
まだ小学生でしたが、引き受けました。
ところが姉は要領が良く、いつも逃げてしまうのです。
仕方なく私1人で作っていました。

だんだん面白くなって、料理本を見ながらいろいろ作りました。
高校生にもなると、かなり上手になり美味しいと言われるようになりました。
褒められると余計頑張ります。
乗せられるタイプなんです。

私が結婚して出戻ってくるまでは、母が作っていたようですが、多分出来合いのものだったと思います。
出戻ってからは、私の役目になりました。

こんなでしたから、私には「おふくろの味」というものがありません。
母は作るなら食べないほうがいいという人でしたから。

ただ「おにぎり」だけは母の作ったものが最高に美味しいです。
握り具合が丁度いいのです。
フワッとしているのに型崩れしません。
私はどうしても、ああいう風にはできません。

料理も根は好きではなかったのでしょう。
今は作るのが大嫌いです。
2012-09-19 (水) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
以前猫を飼っていました。
猫は何匹も飼いましたが、最後の猫です。
拾ったのは私です。

うちは大抵のものに所有者がいて、動物もそうです。
所有者が責任を持って面倒を見るのです。

その頃私は犬を自分の部屋で飼っていました。
猫は台所で飼うことにしました。
三毛の女の子でした。

子猫なので台所で1匹では寂しかったのでしょう。
夜になると両親の部屋に行って、母の布団に入ってくるらしいです。
情が移った母が「可愛いから頂戴」と言うのであげました。

母は大層可愛がり、大切にしていました。
順調に育ち、10歳を過ぎた頃です。
朝下に下りると、猫の様子がおかしいのです。
ワゴンの下にもぐって出てきません。

私は午前中の納品があったので、出かけました。
帰って来たら、口から泡を出しています。
母は従妹のところに遊びに行って留守なので、電話をしました。
早く帰って病院に連れて行くようにと。

午後も納品があり、私はまた出かけたのですが、帰って来ても母はまだ戻っていませんでした。
夕方やっと帰って来たので、私はちょっと怒りました。
すぐ病院に行くようにいったら「一緒に来て」と言うので行きました。

先生は「毒にやられたな」と仰います。
そのまま入院させました。

翌早朝、血を吐いて死んだという電話がありました。
私が早く連れて行けばよかったと後悔しました。

裏に猫を多頭飼いしている家があります。
そこの猫も全滅したみたいです。
燃えないゴミの日にケージがたくさん捨てられていました。

母の猫は外に出ても家の周囲しか歩きません。
多分この近所の猫嫌いが、人の通らない家と家の間に毒を撒いたのだと思います。
猫は拾い食いをしない子でも毛繕いで体や足の裏を舐めますからね。

なんとも後味の悪い小さな事件でした。
2012-09-17 (月) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
私はコーヒーを飲むときは一緒にチョコレートを食べます。
バナナがあるときはバナナを食べますが、大抵チョコです。
毎日なので、結構消費します。
そこで安価な割れチョコを買っています。

310.jpg

こういうものです。
割れチョコといっても粉々ではありません。
写真ではわかりにくいですが、左側ので縦が10センチほどあります。
これを齧るのではありませんよ。
あらかじめ食べやすい大きさに割っておいて食べます。

今回はミルクとビターのが安かったので、これにしましたが、ミルクを買うことが多いです。
あとミックスも時々買います。
ミックスはミルク、ビターのほかにマーブルやホワイト、ナッツ、イチゴなどが入っています。
でも私はミルクが1番好きです。

割れチョコは切れ端や型崩れなどなので、形は様々です。
毎日だからちゃんとした製品を買っていたら大変です。
家で食べる分にはこれでじゅうぶんです。

見た目は良くないですが、クーベルチュールチョコレートなので美味しいですよ。
2012-09-15 (土) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
午前中に神経科に行ってきました。
診察は変わり映えしないものです。
もう長くかかっているので、余程のことがなければ報告するようなものもありません。

診察が終わって、先生が「少し太った?」と聞くので「2キロくらい」と答えました。
「わかる?」と言ったら「うん、良くなったもん」と言います。
調子に乗って「魅力的?」と聞いてみました。
「全然いいよ。カッコイイ」と笑っていました。

自分では分かりませんが、他人が見ると太ったことが分かるんですね。
家に帰って、鏡に映してみたら、確かに腕に肉がついてきていました。
今までは骸骨のように細かったのですが、人間の腕に近付きつつあります。

この調子で全体にバランスよく肉が付いていけば嬉しいです。
でも年齢的に言って、ブヨブヨになる可能性もあるので、少し筋トレでもしようかなと思います。

先生は元々痩せている人は太りにくいと言います。
年を取ると痩せていく一方だから、今のうちに少しでも増やしておくといいよ、と。
まず食べることです。
量は少なくても回数を増やしていけば、腸の動きも良くなって全体的に調子よくなるそうです。

今の調子なら順調に増やせそうです。
高校生の頃が1番体重があって、それでも痩せて見えていましたから、せめてその頃の体重に戻したいです。
2012-09-13 (木) | 編集 |
おはようございます、まみこです。

昨日病院で健康診断の結果を聞いてきました。

嬉しいことに体重が2キロ弱増えていました。
自分でも最近少し太ったかな?と思っていたところです。
体重はなかなか計らないので、分かりませんでした。
ダイエットしている人はマメに計るのでしょうけど、痩せていると面倒なんです。

尿潜血があったので、20日に腎臓の検査です。
自覚症状はありません。
多分たいしたことないと思います。

健康診断は年に1度、区で無料でやってくれます。
持病以外のことも分かるので、ありがたいです。

心電図にも少し異常が見られましたが、先生はこのまま様子見ましょうと仰っていました。
問題にする程でもないのだと思います。

あとは異常なしです。

歩数計を買いました。
昨日初めて使ったのですが、面白いですね。
昨日は午前に内科、午後に外科と病院を2往復しましたが、3500歩程度でした。
このくらいが私には丁度いい運動量かもしれません。

面白いからといって、いきなり歩き過ぎないようにします。
2012-09-11 (火) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
乳癌の手術をしてから、4年2ヶ月が過ぎました。
私は全摘ではなく、温存手術ですが、右胸はほぼ半分無くなりました。
切り取ったのは、脇側です。

経過は順調ですが、疼痛があります。
普段は下着の縁が当たる部分に微かな痛みがある程度です。
時々ズキンと痛むことがあります。
思わず「イタタタ!」と言ってしまうほどの痛みです。

先生は切除後疼痛で、どうしても神経を傷付けているので仕方が無いと仰っています。
これは温存でも起こることなのだそうです。

痛むのは傷跡の外側、脇の下の下のほうです。
痛み止めを出してもらっているので、あまり痛い時には飲みます。
飲み薬で治まるので、あまり気にはしていません。

あとは右腕がダルいことです。
浮腫みはありません。
パソコンでも、キーを打っているときより、マウスを動かしているときのほうがダルいです。

でもあれだけ大きく切り取ったので、仕方ないですね。
日常生活には不自由はないので、痛みとも仲良く付き合っていきます。

2012-09-09 (日) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
このブログを読んでくださっているかたには、働いてもいない私がどうして普通に生活してるか、不信に思ってるかたもいらっしゃると思います。

私は貸家を1軒持っています。
父の遺産相続をしたものです。
1軒だけですが、場所柄生活に困らない収入にはなります。

今住んでいる家族はいいかたですが、その前の住人が嫌な人でした。
元々ここは祖父(母の父)が持っていたものです。
父が台東区に転勤になったので、ここを提供してもらいました。
だから私はここで生まれましたが、姉は以前の住まいの葛飾区で生まれています。
祖父は母に生前贈与したので、土地は母のものです。
前の住人は祖父の関係で入居した人です。

その家族はSさんといいます。
草履屋さんでした。
Sさんのオヤジ一癖ある人なんです。
でしゃばりで見栄っ張り、図々しいのです。
何にでも首を突っ込んできます。

1番腹が立つのは、嘘をついていたことです。
同業者には家は自分の家だと言っていました。
私も聞いたことがあります。
出かけようと路地を通った時「うちは家があるから」と偉そうに言っているのが聞こえました。
近所の人からもSさんは、家は自分のもので裏(我が家)を貸してると言っていると聞きました。
近所では逆だということは知っているのですが、業者達はSさんの言うことを信じていたみたいです。

そのSさんが膵臓癌で亡くなりました。
私はそれを機会に不動産屋さんを入れようと思いました。
元々は祖父の縁で入った人ですし、父は外面がよく「いい人」と言われるのが好きだったので、口約束だけでウヤムヤになっていたのです。

主人が亡くなって、奥さんが家賃を持ってきた時、売って欲しいと言われました。
即座に断りました。
そして不動産屋さんに頼むこと、値上げをすることを言いました。

間もなくして転居して行きました。
1階を全面的にリフォームして、不動産屋さんも頼みました。
入居者も決まり、いい人に借りてもらえました。

これでSさんの嘘も完全にバレました。
でも長年借家人扱いされていたと思うと、悔しいやら可笑しいやらです。
2012-09-07 (金) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
先程まで横になっていました。
少し眠ったようです。

去年の今頃はヨレヨレでした。
3月末に具合が悪くなって、7,8月は最悪。
冬まで続きました。

30分位起きては横になりの繰り返しでした。
夜も7時が限界です。

今年になり、少しずつ回復してきました。
今はだいぶいいです。
でも1日中起きていることはできません。
日に3度は横になります。
大抵1時間位です。

午前中出かけて、休めない時はちょっと堪えます。
もう少しとかこれだけやってと思っても、からだも頭もフラフラしてくるのです。

母がいる頃はなんとか頑張れたのですが、気が緩んだのでしょうか。
食べないから体力も付かないのですね。
食欲は相変わらずありません。
それでも3度の食事はちゃんと採っています。
薬を飲むためというのもありますが、食べなきゃという気持ちもあります。

なんとかここまできたので、休憩をしながら回復を待とうと思います。
無理しないことですね。

幸い1人ですし、働いていないので、誰に遠慮することもなく休憩できます。
早く元気になりたいです。
2012-09-05 (水) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
母は若い頃から白髪が多かったです。
30代には結構目立って、私達子供はよく母の白髪抜きをしました。
40代にはもう白髪染めをしていました。

昔は真っ黒に染めていましたが、だんだん明るい色に染めるようになりました。
私が出戻ってからは、母の毛染めは私の役目になりました。
それまでは自分でやっていたようですが、意外とうまく染まらないんです。

上品なパーマをかけて、茶色に髪を染めた母は子供の私から見ても綺麗でした。

民生委員をやめてから、母はパーマをかけるのも白髪を染めるのもやめてしまいました。
それでもカットは美容院でしてもらっていたので、なんとかなっていました。

だんだんそれも億劫になったのでしょう。
私にカットしてくれと言うようになりました。
できないと言っても、短くなってればいいと言うので、切っていました。

認知症が酷くなってからは、ショートステイの時、出張美容師さんにカットしてもらいます。
施設に入った今もそうです。

もう真っ白です。
やっぱりお婆さんという感じです。

幸い私は白髪は殆どありません。
でも最近前のほうに少し目立ってきました。
そろそろ白髪染めをしないとならないかもしれません。

姉は栗色に染めているので分かりませんが、白髪は多いと言ってました。
2人ともいい年になったので、白髪は仕方ないですね。

白髪も遺伝するのでしょうか。
2012-09-03 (月) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
まだテキスタイルデザインの仕事をしているときです。
取引先の1つ、K化学工業のデザイン室にTさんという人がいました。
50歳代くらいで、年はくっているけど若い社員達からはバカにされていました。
私は直接仕事上の関わりはありませんでしたが、そのTさんが退職して独立しました。

ある日Tさんから電話があり、Mというデザイン事務所を作ったので外注をやって欲しいと言われました。
最初は3人外注を頼むという話でしたので、取り合えず行くことにしました。
Tさんの家は埼玉県にあります。
3人の中の1人、Nさんが家が近所なのでNさんの家に集まって3人で訪ねました。

話を聞くと締め切りもキツくなさそうだし、まあやってもいいかなという感じだったので引き受けました。
打ち合わせはTさんの家でやります。
遠いので面倒でしたが1ヶ月に1度くらいは行っていました。
あとの2人はいつの間にかやめてしまったようです。

何度か仕事をしましたが、どうも私の嫌いなタイプなのです。
自慢やで講釈たれで、くどいのです。
嫌々ながら続けていましたが、最後に家に行った時です。
話しながらカメラを向けてきたので「何するんですか?」と聞いたら「写真撮らせて」と言います。
断りました。
そしたら「1枚だけ」と言うので「私写真撮られるの嫌いなんです」と言ったら、シブシブカメラはしまいました。

家に行くといつも奥さんが紅茶を入れて、お盆に載せて置いていってくれます。
写真は諦めたらしいですけど、今度は「あの・・」とか言いながらテーブルを回ってにじり寄って来るのです。
「何ですか!」と言って身を引きました。
寄って来ようとしてTさんがティーカップを倒しました。
その音で奥さんが来たので、Tさんは慌てて戻りました。
それ以来、Tさんの家には行かないことにしました。

打ち合わせは喫茶店でするようになったのですが、「2人で忘年会やろう。温泉で1泊して」などととんでもないことを言います。
嫌気が差していたころ、仕事の無理がたたって救急車で運ばれ、そのまま入院しました。
仕事先には電話で納品できないことを伝えました。
詳しいことは何処にも言いませんでした。

ところがなんと、突然Tさんが病院に来たのです。
当然私は不機嫌です。
鈍いのか気付かず話し続けているので、「食事ですから」と言って帰ってもらいました。
同室の人も「病気で入院してるのに仕事の話なんかして嫌な人ね」と言っていました。
後で母に聞いたら、浅草まで来てしまって電話でしつこく場所を聞くので仕方なしに教えたそうです。

退院してから電話がありましたが「家で静養しますから」と嘘をついて、そのままにしておきました。
それから連絡はありません。
縁が切れてよかったです。
2012-09-01 (土) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
私は普通の人に比べると、血管に針を刺すことが多いと思います。
採血、点滴、静脈注射などです。

ところが私の血管はとても刺し難いのです。
肉がないから、見えることは見えるのですが、細いのです。
看護師さんに嫌われる血管です。

だから、最初からやりにくいことを申告して、謝ってしまいます。
とりにくい血管に針を刺してもらうのが、申し訳なく思えます。
1度でうまくいかなくても気にしません。

採血では刺さっても、途中で血が出なくなり、やり直すこともあります。
一発でうまくいくと「すごい!」と思ってしまいます。
看護師さんにとって、1番嫌な患者は血管がとりにくい患者だと、何かで読んだことがあります。

こんな血管だから、針を刺し直しても文句はありません。
看護師さんは謝りますが、却って私のほうが恐縮してしまいます。

私の血管です。

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細いでしょう?
左手の黒くなっているところは、木曜日に採血した跡です。

血管は太くなることはないのでしょうか。