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2012-04-30 (月) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
人は誰しも弱点があると思います。
私にもいくつかあります。
その1つが高所恐怖症です。

高所といっても、高層ビルの高層階が駄目というわけでもありません。
足元が見えなければ大丈夫です。
ただ窓際やベランダなどには近付けません。
遠くの景色を見るくらいなら平気です。

絶対駄目なのは吊橋です。
あと歩道橋も苦手です。
眼下が見えて、しかも揺れるものは無理です。

以前友達と吊橋を渡ったことがあります。
その時は自分が高所恐怖症だということを知りませんでした。
渡り始めたら、なんだかクラクラしてきました。
だんだん吐き気がしてきます。
嫌な汗も出てきて足に力が入らなくなりました。
必死で堪えて目をつぶりながら、ロープにつかまってなんとか渡り切りました。
友達に「どうしたの?顔が真っ青よ」と言われました。

歩道橋は大丈夫だと思っていました。
歩道橋を渡る機会もありませんでしたし。
2度目の元夫と歩いている時、歩道橋を渡ることになりました。
階段を上って少し歩いたら、下を通る車が見えて眩暈がしてきました。
「ちょっと待って、私駄目みたい」と言ったら、元夫は私がか弱ぶっているのかと思ったらしいです。
先に走って行ってわざと跳ねて揺らすのです。
「やめてよ」と言っても笑いながら揺らしています。
私は真ん中あたりでしゃがみ込んでしまいました。
顔色を見て本当だと気付いたみたいです。
「悪かった」と謝りました。

離婚後、仕事でT印刷と取引することになりました。
T印刷は不便な所にあります。
最寄り駅は飯田橋ですが、駅から遠いのです。
そして飯田橋には長い歩道橋があります。
揺れます。
いつもフラフラになりながら、下を見ないようにしてなんとか渡っていました。
でも気持ち悪くなるので、とても嫌でした。
会社の人に歩道橋を使わなくて済む裏道を教えてもらって、それからは裏道から行くようにしました。

高所恐怖症ってなかなか信じてもらえないんですね。
かえって面白がって吊橋を渡らせようとしたりされます。
でも目も霞んできますから、クラッとした瞬間落下する危険性もあるんです。

私の家は2階建てで、上が屋上になっています。
そこから下を見るのが限度です。
しかも玄関の屋根やベランダがあるので、真下を見るわけではないからかもしれません。
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2012-04-28 (土) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
今日は病院のハシゴでした。
最初はN医大病院の精神神経科。
続いてS病院の外科です。

外科では今U先生に診ていただいています。
主治医のS先生がいなくなってしまったからです。

診察が終わってカルテをもらう時、看護師さんが「主治医、S先生でしたよね」と聞くので「そうです」と言いました。
「戻ってこられたんですよ」と言って外科の担務表をくれました。
水曜日の午後にS先生の名前がありました。
出産の為お休みしていたそうです。
「時間の都合がついたら、この日に来るといいですよ」と言われました。

来月からそうしようと思います。
U先生には丁度1年お世話になりました。
U先生はイケメンで格好いいし優しいので、もう会えなくなるのは残念ですが、S先生は気心が知れているので安心です。

S先生は大学病院にもいないし、どうしたのかなと思っていました。
お子さんができたのですね。
お仕事と子育てで大変でしょうけど、戻ってくださって嬉しいです。

S先生、おかえりなさい。
U先生、ありがとうございました。
目の保養もさせていただいて楽しかったです^^
2012-04-26 (木) | 編集 |
おはようございます、まみこです。
母は今施設にいます。
3月9日に急に体温と意識の低下があって、緊急入院しました。
退院したのは4月13日です。
入院中は1日おきくらいに面会に行っていました。
病院が徒歩で行ける距離でしたので。

1ヶ月以上入院したので、施設は1たん退所と言う形で再入所になります。
でも場所は確保していただいていたので、すんなり戻れてよかったです。

施設には大体1週間~10日おきに面会に行きます。
今週は火曜日に行ってきました。

母は認知症がかなり進んでいるので、無反応のときもありますが、わかるときもあります。
わかるときは「帰りたい」とさかんに言います。
「家で死にたい」が口癖でした。
私のからだの都合で不本意にも施設にお願いしてしまったことを心苦しく思っています。

「帰りたい」と言われても、もううちでは面倒が見られません。
ベッドも車椅子もリースでしたので返却してしまいました。
ポータブルトイレやオムツ類は全部施設に持って行ってしまっています。
母を介護できる状態ではないのです。

火曜日も立て続けに「帰りたい」と言っていました。
大きな目で泣きそうな顔をして「まみこが帰るとき一緒に連れてって」と言うのです。
切なくなります。
「もう少ししたら迎えに来るからね」と嘘をつくのですが、内心辛いです。
恨めしそうにジッと見ます。
「足が冷たいね」と言って足をさすったりして誤魔化します。

母は元々ヒステリックなところがあったのですが、押さえて生きてきたのでしょう。
認知症になってからは押さえが効かなくなりました。
毎日わめいていました。
私もイライラしました。

母にとっても、家で不満ばかり言っているより施設で静かに過ごすほうが幸せなんだと、自分に言い聞かせています。
2012-04-24 (火) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
私は小さな頃からひどいアトピーでした。
肘や膝の裏側が特にひどくて、痒いので掻くから赤むくれになった上血も滲んでいます。
掻かないように母が包帯を巻くのですが、包帯の上からも掻いていました。
子供の頃の写真には包帯を巻いたものが何枚かあります。

小学生から大学を卒業するまで病院の皮膚科に通っていました。
中学の時は入院をして、いろいろ検査をしたのですが、原因は分かりませんでした。
それでも高校くらいになったら、だいぶ落ち着いてきました。
でも完全には治っていませんでした。

薬も随分試したのですが、リンデロンに落ち着きました。

画廊に勤めていた時、近所に皮膚科の医院がありました。
何度か躊躇った後、思い切って行ってみました。
そこで勧められたのが体質改善の注射です。
ダメモトで打ってもらうことにしました。
1日1本、毎日で20本です。
お尻に打ちます。
保険の利かない薬なので、ボーナスはスッカラカンになってしまいました。

20本終わったからといって翌日から体質が変わるわけではありません。
でも気が付いたら痒みを感じなくなっていたのです。
最後まで残っていた腕の内側やうなじのバサバサもなくなりました。
多分注射が効いたのだと思います。

25歳まで付き合ったアトピーから開放されました。
再発することもなく現在に至ってます。
2012-04-22 (日) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
シャガ、ご存知のかたも多いと思います。

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元々は野草だったのでしょう。
私の好きな花の一つです。

中学生の時、上野の山に友達と盗みに行きました。
斜面に群生していたのです。
引き抜いてビニール袋に入れて持ち帰りました。

家に帰って庭に植えました。
丈夫でよく育ち、増えてきました。

家を建て直した時、北側だった庭を南にしました。
最初は南にも庭があったのですが、建て増しをしてなくなってしまっていました。
建て直す時、家を北側に寄せて、南は少しばかりの庭にしたのです。

シャガも植え替えたのですが、だんだん数が減りとうとう消滅してしまいました。
もう手に入らないでしょう。
今は野草も高く売れる時代ですからね。

上野のシャガは今でも元気に咲いているでしょうか。
2012-04-20 (金) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
以前私はスカート派でした。
高校を卒業するまでズボンは穿いた事がありません。
大学生になって、金工の授業ではスカートだとまずいことになってしまうので、ズボンを買いました。
何故かというと金工といっても鍛金ですので、切り株に腰を下ろして型を刳り貫いた切り株に金属を打ち付けて形を作るのです。
床に近い位置に座って足を広げて作業するのです。

卒業してからは、またズボンを穿かなくなりました。
ズボンは似合わないと思っていましたし。
それにスカートのほうがお洒落が楽しめます。

ところが4~5年前になんとなくジーンズを買ったのです。
そうしたら楽なのですっかりヤミツキになってしまいました。
それからずっとズボンで通してきました。
母の介護が始まってからはスカートなど穿いていられなくなったのもあります。

母が施設に入って1年経ちました。
またスカートを穿いてみたいと思うようになりました。
持っていたスカートは殆どミニだったので処分してしまっていました。
今年になってスカートを4枚買いました。
シフォンのとかチュールのとかレースのとかです。

火曜日に母の施設に行く時、スカートで行きました。
久し振りにヒールのある靴も履きました。
家を出る時は少し躊躇いがありましたが、外に出たら平気になりました。
いつもズボンばかりだったので近所のおばさんに「あら、お出かけ?」と言われました。

なんだか自分でもお洒落した気分になりました。
これからは外出にはどんどんスカートも穿こうと思います。
2012-04-18 (水) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
私の家には調味料が塩と醤油、酢、胡椒しかありません。
味噌も砂糖も味醂もないのです。
それでもなんとかなってます。

今は1人なのでたいして料理もしません。
以前味噌汁は作っていたので、味噌はありました。

2009年に母が退院してきた時、要介護5で寝返りもうてない状態でした。
介護用のベッドをリースしていたので、食事の時は背を立てるようにしていました。
それでも支えていないとからだが右に傾いてしまうのです。
1人では食べられません。
味噌汁も飲まそうとすると右側にダラダラこぼれてしまいます。
介護用のエプロンを付けているのですが、水をはじくので布団まで汚れてしまいます。
液体は吸い飲みやストロー付きのカップで飲んでいました。
でも味噌汁は具があるので詰まってしまいます。
それで味噌汁を作るのをやめました。
それ以来作っていないです。

砂糖が無いのは使わないからです。
私は料理に砂糖を入れないのです。
煮物でも何でも生醤油だけです。
甘い物が嫌いな訳ではありません。
ただおかずが甘いのは嫌なんです。
煮豆とかは甘くてもいいのですが、自分では作れません。
市販品で済ませてしまいます。

私は料理は嫌いですが、長年作ってきたのでそれほど下手でもないと思います。
但しこの味に慣れていない人には不味いかもしれません^^
2012-04-16 (月) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
気付かないうちに春蘭の花が咲いていました。

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これは父の田舎の山から採ってきたものです。
もう30年近く経っていますが、毎年花を咲かせます。
蘭といっても野草ですし、色も地味です。
田舎ではこの草を「ジジババ」と呼んでいます。
山道にいくらでもありました。
特に関心もありませんでした。
多分母がもらってきたものだと思います。

近年の野草ブームで、業者か一般人かはわかりませんが、採り尽くされてしまい今は全くないようです。
山は父の実家の持ち山で庭から登れるようになっているのですが、裏から誰でも入れます。
あの辺は平家の落人部落だったらしく、発掘され証拠品が見つかってからは外部の人も来るようになり荒らされてしまったそうです。
もらっておいて良かったです。

去年の冬に庭に手を入れてもらいました。
木もだいぶ切り詰めたり枝を払ったりしたので、芽が出るかどうか心配でしたが大丈夫でした。
元気に茂ってきました。

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山椒です。
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楓です。

春ですね。
2012-04-14 (土) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
山菜の時期になりました。
東京で生まれ育った私は山菜採りをする機会もありませんが、1度だけ山菜採りに行ったことがあります。
まだ2度目の結婚をしている時、舅、姑と4人で奥多摩の山に行きました。
義両親が詳しかったので、教わりながら採りました。
コゴミ、ウルイはすぐわかって沢山採りました。
ただゼンマイやワラビは食べられないシダとの区別が付かなくて駄目でした。
山ほど採って、何日かは山菜づけの日が続きました。
まるで青虫になったような気分でした。

離婚して実家に戻ってからは、暫く山菜は食べませんでした。
叔母夫婦が宮城県に越してから、よく山菜を送ってくれるようになりました。
フキノトウ、タラの芽、コシアブラなどです。
フキノトウは刻んで味噌和えにしたり、焼いたりして食べると美味しいです。
タラの芽やコシアブラは天ぷらにするのがいいようです。

でも自分で採りに行ってまで食べたいと思うほどではありません。
東京でタラの芽など買うととても高価なんですね。
山菜の中ではワラビが1番好きです。
ワラビは茹でたり塩漬けにしたものが何処ででも買えるので、わざわざ採りに行く必要もありません。

山菜ではありませんが、畑の畦道にいくらでもあるノビルが好きです。
泥を落として綺麗に洗ってから味噌を付けて食べると美味しいです。
味はエシャロットをもっと辛くしたようなものです。

今は季節に関係なく何でも手に入りますが、自然のものっていいですね。
2012-04-12 (木) | 編集 |
こんばんは、まみこです。
学生時代、私達は友達同士でよく洋服の貸し借りをしていました。
お洒落はしたいけれど、まだ親からお小遣いをもらっている身、あまり贅沢はできません。
そこで貸したり借りたりして、ささやかなお洒落を楽しんでいたのです。

うちの大学には珍しい私立の高校からきたT子という子がいました。
彼女は裕福な家庭の子で、着るものもいいものを着ていました。
ある日T子が何枚か洋服を持ってきて「欲しいの持っていって」と言いました。
みんな気に入ったものを手にとって「でもタダじゃ悪いよ」と言うと「じゃ100円」とか「50円」とかタダのような値段を言うので、喜んで買いました。

その話を聞いたTさんという子が、持って行けば売れると思ったのでしょう。
沢山の洋服を持って来ました。
「Tさんが洋服売ってる」と言うので私も見に行きました。
なんだかなぁというものばかりでした。
それも500円以上で高いのです。
ヤボったかったり、いかにも古着という感じだったり、ペラペラだったりで結局誰も買わなかったようです。

その後もT子にはリクエストしたりして、何枚か格安で売ってもらいました。
学生時代はこんな風でした。

仕事をするようになって、同じデザイナー仲間のGさんという人が洋服を売りたがる人でした。
贅沢な人で確かに高級品を着ているのですが、なにしろ高いのです。
「これ買ってくれない?」と持って来るものは2~3万のものばかりでした。
仕事上のお付き合いもあるので、8割くらいは買取ました。
ミンクのコートを買ってと言われたことがあります。
ミンクは私も持っているので断りました。
そうしたら始め30万と言っていたのが20万に値下げして、強引に売りつけられてしまいました。
シルクのワンピース(7万)はデザインも色も気に入らないし似合わないので、さすがに断りました。

私が着ているものをGさんが「それいいね」と言うと「着る?」と言ってタダであげてしまっていたのですけど、気付いていないようでした。
Gさんの言い分は「安くても(安くないって!)引き取ってもらって、ブラウスの1枚でも買えればいいなと思って」でした。

見た人が気に入って欲しがったのなら売ってもいいと思います。
でも私は1度でも着たものはお金を取らない主義です。
古着を換金したいのならオークションに出品するか、リサイクル店に売ればいいと思ってます。

知り合いだと断りずらいというのもありますが、言うままに買っていた私はお人よしを通り越してバカですね。
2012-04-10 (火) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
桜が満開になりましたね。
私は近所の隅田公園の桜は時々見ますが、お弁当を持っての本格的なお花見は1度しか経験がありません。
それも小学生の頃です。

そのお花見は家族で電車に乗って、西新井大師でしました。
桜の花が綺麗だったことと、人が沢山いたことくらいしか覚えていません。
お弁当は多分おにぎりだったと思います。
そう思うのは、母が料理が苦手で作れないからです。
ただ、おにぎりだけは誰にも負けないくらい上手に作ります。
母の作ったおにぎりは兎に角美味しいです。

お花見の最中のことは、殆ど覚えていないのに帰り道のことはよく覚えています。
喧嘩があったらしく、頭の横側から血をダラダラ流した男の人と、割れたビール瓶を持った男の人が警察官に連れて行かれるところに遭遇しました。
子供だったので吃驚して恐いと思いました。

駅に着いたら、ホームのベンチに3人の男性が座っていて、1人が盛大に吐いているのです。
気持ち悪かったです。
「あの人病気?」と聞いたら「酔っ払ったんだよ」と聞かされました。
酔っ払いの嘔吐を見るのは初めてでした。
酔っ払うとああなるんだ、と子供心にも嫌悪感を持ちました。

喧嘩も酔っ払いの喧嘩だと親は言っていたし、私の中に「お花見=恐い、汚い」というイメージが固まってしまいました。
それ以後、父が「花見でも行くか」と言ってもいつも拒否しました。

今はもうそんなことはありませんが、桜の下で宴会をする気はありません。

まだ犬を飼っていた頃、隅田公園に散歩に行くのですが、お花見シーズンの公園はゴミだらけでした。
食べ残した物や缶やビン、ブルーシートなどが散乱していてひどいもんです。
大きなゴミ入れを設置するのですが、きちんと片付けない人が多いんですね。

宴会も楽しいのでしょうけれど、私は1人で歩きながら桜を見たいです。
2012-04-08 (日) | 編集 |


「悲しみは星影と共に」イタリア
監督:ネロ・リージ
主演:ジュラルディン・チャップリン
音楽:イヴァン・バンドール



「鉄道員」イタリア
監督:ピエトロ・ジェルミ
主演:ピエトロ・ジェルミ
音楽:カルロ・ルスティ・ケッリ

おはようございます、まみこです。
中学の頃から洋画のサウンドトラックに興味を持ち始めました。
映画雑誌を見たり、レコードをかったりして嵌りました。

私はどうもイタリアの映画音楽が好きだったようです。
「刑事」(監督、主演:ピエトロ・ジェルミ、音楽:カルロ・ルスティ・ケッリ)や「ブーベの恋人」(監督:ルイジ・コメンチーニ、主演:クラウディア・カルディナーレ、ジョージ・チャキリス、音楽:カルロ・ルスティ・ケッリ)も良かったです。
「刑事」のサウンドトラックの「死ぬほど愛して」はルスティ・ケッリの娘アリダ・ケッリが歌っています。

残念ながら映画はどれも観ていません。

映画雑誌を見てファンになった俳優さんもいます。
ピエトロ・ジェルミは素敵だと思いました。

あの頃は洋画に興味があって、アンソニー(トニー)・パーキンスのファンでした。
「サイコ」で有名なのでホラー俳優と思われがちですが、普通の映画にもたくさん出演しています。
「サイコ」「サイコ2」「さよならをもう一度」は後になってテレビで観ました。
既にエイズで亡くなってしまいましたが、繊細な感じで素敵な俳優さんです。
パーキンスが主演したカフカの「審判」も「アルビノーニのアダージョ」がサウンドトラックでいいですよ。
観ていませんが。

最近古い洋画の名作を観てみたいと思うようになりました。
DVDになっているのもあるでしょうが、「悲しみは星影と共に」はありませんでした。
少しずつ探してみようと思います
2012-04-06 (金) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
一人暮らしの人はよく独り言を言うと聞きます。

近所付き合いが希薄な地域だと、誰とも話さない日は結構ありますよね。
学生や勤めている人は、学校や職場で誰かと話すでしょうけど。
働いていなかったり自宅で一人作業をしている人は、なかなか話す機会がありませんね。
社交的な人なら友人を招いたり、自分が出掛けて行ったりするのでしょうが、そうでなければ一人家に居る訳です。

母の友達にも一人暮らしの人が何人かいました。
そういう人は割合独り言を言うと言ってました。
テレビと会話したり、思ったことを口に出したりするそうです。

私は独り言と言えるのかどうかわかりませんが、食事の前後には「いただきます」「ごちそうさま」と言います。
誰もいないのに帰宅すると「ただいま」と言います。
無意識の習慣なんでしょうね。
それ以外は独り言は言いません。

母が施設(今は入院中ですが)に入って、そろそろ1年が経ちます。
一人暮らしが長くなると、私も独り言を言うようになるのでしょうか。
私はしゃべらないことを苦痛と思わないので、多分このままだと思います。
でもこれは年数が経ってみないとわかりませんね。

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今日母の面会に行った帰りに撮りました。
昨日の陽気で一気に開いたようです。
帰り道にある山谷堀公園というところの桜です。
2012-04-04 (水) | 編集 |
こんにちは、まみこです。
隣の和菓子屋さんのおじさんが亡くなって店を閉めてからだいぶ経ちます。
もう5年近くなるでしょうか。
隣は隠れ名店として、知る人ぞ知る美味しい和菓子屋さんでした。

この時期は桜餅から柏餅に変わる頃ですね。
桜餅、今年はとうとう食べませんでした。
隣のは美味しいんですよ。
この辺では長命寺の桜餅が有名ですが、高いだけであまり美味しいとは思いません。
桜の葉3枚に包まれていて豪華ですが薄味です。
予約してまで食べたいものでもありません。

隣の柏餅は普通の餡と味噌餡がありました。
味噌餡は柏の葉が裏返しに巻いてあります。
どちらかというと桜餅のほうが好きですが、柏餅も美味しかったです。
あと唐まんや栗まんも美味しいです。
庶民的な和菓子屋さんでした。

近くにもう1軒和菓子屋さんがあるのですが、こちらは高級品です。
見た目はすごく綺麗です。
でも味は上品過ぎて、私のような下品な者には物足りないです。
お値段も結構なものですし。

隣がやめてから和菓子を食べる機会がなくなりました。
たまにコンビニで買うくらいです。

隣は子供が5人もいるのだから、1人くらいは後を継いで欲しかったなぁと思います。
朝は早いし重労働だから嫌なんでしょうか。

だんだんこういうお店もなくなっていきますね。
2012-04-02 (月) | 編集 |
おはようございます、まみこです。
私には実現不可能な希望があります。
それは遊園地やテーマパークなどに行って遊ぶことです。

ねこ耳とかうさ耳とか付けて風船持って、ソフトクリーム食べながら歩き回りたいのです。
いい年した婆さんがそんなことしたら、周りから白い目でみられそうですね。
でも賑やかな場所で浮かれるって楽しそうじゃありませんか?

私はディズニーランドにも行ったことがありません。
1度は行ってアトラクションやパレードを見たいんですけど不可能です。

からだの都合で人が大勢いるところには行けないし、電車も乗れません。
電車は座席指定で座れる人以外が乗ってこないのなら乗れると思います。
今はまだ無理かな。

ディズニーランドはそんなに遠くはないのですが、普通電車だし相当混むらしいです。

テーマパークといえるのかどうかはわかりませんが、鬼怒川の東武ワールドスクエアには3回行ったことがあります。
あそこは楽しいですよ。
世界の名所が正確なミニチュアになって配置されています。
バッキンガム宮殿の衛兵の交代が見られたり、乗り物は実際に走っています。
休憩用ベンチも沢山あります。

あと日光江戸村も行きました。
忍者の実演とか芝居もどきのものもあるらしいのですが、有料です。

どちらも大人が楽しめるところで、浮かれた雰囲気はありません。
そんなところでねこ耳なんか付けていたら、すごく場違いです。

遊園地に行っても絶叫マシンなんかは乗れません。
それでもレジャー気分でへんな格好して楽しみたいのです。

自分でも本当に幼稚だと思います。